アメシロその後11(2003.12.20作成)
化学物質政策提案

【日本弁護士連合会人権擁護大会シンポジウム第2分科会】                    平成15年10月16日                                  「蓄積する化学汚染と見えない人権侵害−次世代へのリスク−」

新たな化学物質政策の策定を求める決議

化学物質は私たちの生活に利便性をもたらしている反面、水俣病、カネミ油症などの悲惨な健康被害を生み出し、近年は、シックハウス症候群や化学物質過敏症の患者を増大させている。また、ダイオキシンなど多種多様な化学物質が環境中に拡散され、いわゆる環境ホルモン作用物質は、生物の繁殖力の低下をもたらし、種の絶滅の危機を招来している。

わが国は、カネミ油症事件を契機として、1973年、化学物質の審査及び製造等の規制に関する法律(化審法)を制定した。しかし、約2万種の既存化学物質は適用から除外され、その後の安全性点検は遅々として進んでいない。現行法制では、科学的に毒性が証明された化学物質を個別に規制しているが、これでは微量、低濃度の化学物質による長期的・複合的影響という現代型の汚染に対処できず、毒性情報の集積を待っている間に、取り返しのつかない健康被害や生態系の破壊が進行してしまうおそれがある。また、用途別・縦割りの現行法の規制では、規制の空隙が生じかねない。

他方、化学物質汚染の被害者に対する司法的救済には、化学物質の特定、毒性、暴露、病像の特定、因果関係等について、立証の壁が立ちはだかっている。

国連人権委員会は、「化学汚染のない環境において生活する権利」は基本的人権のひとつであると位置づけた。スウェーデンは、「毒物のない環境」を次世代に手渡すことを国家目標としている。EUも、約3万種の既存物質の安全性点検を生産者に義務づけることなどを柱とする化学物質政策を導入しようとしている。

わが国においても、化学汚染のない環境において生活する権利を確立し、持続可能な社会を構築するため、新たな総合的な化学物質政策を策定することが緊急の課題である。

よって、当連合会は、国に対し、次の施策を求める。


1 以下の内容を盛り込んだ「化学物質政策基本法」(仮称)を制定すること。
(1) 目的:化学物質汚染による健康被害と生態系の破壊を未然に防止し、有害化学物質のない環境の実現を目的とすること。

(2) 予防原則:健康被害や生態系の破壊のおそれがある場合には、化学物質のリスクが科学的に不確実であっても、使用禁止や制限等の適切な規制を行うほか、期限を設けて、リスクの低い代替品の導入を義務づけ、あるいは経済的に誘導すること。

(3) 生産者責任の強化:生産者に対して、生産から廃棄に至るまでの適正な管理のために、製品に含まれる化学物質の情報の把握と提供を義務づけること、生産を継続する既存物質について、期限を設けて安全性に関するデータの届出を義務づけ、安全性が立証されない場合には、製造・使用を規制すること。

(4) 市民参加の制度化:どのような科学的情報に基づいてどのような規制を行うべきかの政策決定に対する市民参加を制度化すること。



2 化学物質汚染による被害者の人権を守るため、損害賠償問題とは別に、化学物質に暴露した者に健康手帳を交付するなどして、長期的にその健康調査を行い、発症者に対しては医療補助、生活補助等を行う制度を事案に応じて創設・整備すること。


以上のとおり決議する。



2003年(平成15年)10月17日
日 本 弁 護 士 連 合 会




提 案 理 由
1 化学物質の氾濫と化学物質による汚染問題
衣類、食品添加物、住宅資材など私たちの周囲には人工の化学物質が氾濫している。その数は世界において商業目的で生産されているもので10万種類以上、わが国で流通しているものだけでも5万種類と言われている。
これらの物質の多くは生活の利便性を向上させた。その反面、日本の深刻な公害事件は、人類が経験した大規模な化学物質被害であり、今日的角度からこれらの問題を見直す必要がある。また、化学物質による新たな人体被害や生態系の破壊が懸念されている。

(1) 見直される公害病・食品公害病
水俣病はチッソ水俣工場の廃液に起因する有機水銀が魚介類の摂取を通じて人体に蓄積された公害事件だった。長年の裁判闘争後の和解を経て、水俣病総合対策が実施されているが、いまだに何が水俣病かの争いが残り、患者救済の障害となっている。

カネミ油症では、主たる原因物質がPCBではなくダイオキシン類(ポリ塩化ジベンゾフラン)であることを、事件発生から34年を経た2001年になってようやく政府が認め、2002年から油症患者の体内ダイオキシン蓄積量と健康状態の追跡調査が開始された。また、母乳を通じて乳児性油症患者となった女性の女児が油症特有の「黒い赤ちゃん」であった可能性が明らかになり、3世代にわたる汚染事例として注目されている。

しかし、未認定患者も含めて高齢化する患者の救済課題は残ったままである。

いずれも低濃度暴露の場合を含めた長期的、慢性的な毒性が見直されつつある。


(2) シックハウス症候群および化学物質過敏症
シックハウス症候群は、新建材や接着剤等に含まれるホルムアルデヒドなどの化学物質で室内の空気が汚染されたことにより、居住者が目、鼻、のどの痛み等多様な症状を訴える病気である。近年、住宅の高気密化により発症者数が増大しており、潜在患者数は600万〜1000万人に及ぶと推定されている。また、保育・教育現場でも、同様の「シックスクール」問題が発生しており、子供達の学びの場が脅かされている。

化学物質過敏症は、大量の化学物質に接触した後、もしくは微量の化学物質に長期に接触した後に、非常に微量な化学物質に再接触した場合に生じる不快な症状で、目のチカチカ・涙・咳などの粘膜刺激症状からはじまって、寒気・頭痛などの自律神経症状、手足の震え・けいれんなどの神経症状、倦怠感・疲労感・筋肉痛・関節痛といった不定愁訴、下痢・嘔吐などの全身に及ぶ症状を引き起こす疾患である。

シックハウス症候群の原因物質は、ホルムアルデヒドなど建材等に含まれる化学物質や白アリ駆除剤など住宅に使用されている化学物質であるが、化学物質過敏症は、それらのほか、空中散布の農薬なども原因となる。

2002年1月、厚生労働省は、室内空気汚染に係わるガイドライン(第1次)として、ホルムアルデヒド、トルエン、キシレンなど13種類の化学物質の室内濃度指針値を定めたが、このうち建築基準法の規制の対象となったのはホルムアルデヒドとクロルピリホスの2物質のみにすぎず、法的対策は不十分と言わざるを得ない。

また、シックハウス症候群や化学物質過敏症の患者は、医療現場においても、いまだ十分な理解を得られておらず、更年期障害や精神的疾患とされてしまう場合も少なくない。また、過敏症患者に適合した医療器具の使用やクリーンルームの設置なども遅れており、治療も高額化しがちである。重症の過敏症患者の場合、職業生活はもちろん、通常の社会的生活を送ることすら難しくなり、生活の基盤が破壊される。このように深刻な被害実態があるにもかかわらず、原因の特定、診断・治療といった医療制度、生活援助、職業的暴露の場合の労災制度による補償など社会的な救済制度はいまだ十分に整備されていない。


(3) 廃棄物焼却場・農薬から食物へと広がるダイオキシン類汚染
日本では近年、廃棄物焼却場の労働者の体内に高濃度のダイオキシン類が蓄積されていることが明らかになった。また、日本近海や河川・湖沼の底質中には水田除草剤ペンタクロロフェノール(PCP)やクロルニトロフェン(CNP)に起因するダイオキシン類が大量に含まれていることが判明している。

近年、一定程度進んだダイオキシン類の発生抑制対策に比べて、環境中に残存している難分解性のダイオキシン類が食物連鎖を通じて動物や人間の体内に摂取、蓄積されていくことについては、わが国においてはいまだ十分な対策が採られていない。


(4) 環境ホルモン汚染
シーア・コルボーンらの著書『奪われし未来』(翔泳社)の刊行により、新たな毒性概念としてホルモンかく乱作用が指摘された。既に、野生生物ではインポセックスなどの生殖異変が観察されている。愛媛大学の田辺信介教授らは、世界の海洋哺乳類の体脂肪に大量のダイオキシン類やPCBなどの難分解性化学物質が蓄積されていることを明らかにし、海洋哺乳類に増加している大量死や奇形などとの関連性を指摘している。

ヒトでも、精子減少、子宮内膜症などの疾患の増加と環境ホルモン物質との関連が疑われ、また、最近では、免疫系や神経系への影響のほか、児童に増大していると言われる多動性学習障害(ADHD)との関係が懸念されている。

環境ホルモンについては、まだ科学的証明にまで至らず不明なことが多い。しかし、きわめて微量の汚染で不可逆的な影響を及ぼしうること、しかも環境ホルモン汚染の最大の被害者が物言えぬ野生生物と次世代の子供たちであるということから、科学的情報の早急な集積と適切な予防的措置が求められている。


2 わが国の法制度と被害救済の問題点
(1) 現行規制法の概要
化学物質の審査および製造等の規制に関する法律(化審法)は、カネミ油症事件をきっかけに1973年に成立し、86年に大改正された法律で、世界に先駆けて化学物質の事前審査・製造規制を取り入れた当時としては画期的な法律であった。

化審法は化学物質を73年以前から製造・輸入されていた既存物質と、それ以後に製造・輸入される新規物質とに分け、新規物質については、蓄積性、分解性、長期毒性のスクリーニングデータを付けて届出を行う義務を課している。難分解性、蓄積性、長期毒性がある物質については第一種特定化学物質に指定され、製造・輸入が原則的に禁止される(PCBなど13種類)。高蓄積性は有しないが、難分解性と長期毒性を有し、かつ環境汚染により人の健康に係る被害を生ずるおそれがあると認められる化学物質は、第二種特定化学物質とされ、製造、輸入に制限を課することができる(トリクロロエチレンなど23物質)。2003年の改正によって、第一種から第三種までの監視化学物質が設けられたほか、動植物への毒性に関する事前審査が導入された。

なお、化学物質のうち、農薬については農薬取締法、医薬品や医薬部外品については薬事法、食品添加物等については食品衛生法が適用され、化審法の規制が原則として及ばない。また、使用、廃棄段階では、大気汚染防止法、水質汚濁防止法、特定化学物質の環境への排出量の把握等及び管理の改善の促進に関する法律(PRTR法)、廃棄物の処理及び清掃に関する法律(廃棄物処理法)が適用される。


(2) 現行法の主な問題点
進まない既存物質の安全性点検
化審法制定時に適用除外とされた約2万種の既存物質については、国会の附帯決議に基づき国が安全性点検を行っているが、この30年間で毒性チェックが行われた物質は200余にすぎず、データ収集は遅々として進んでいない。世界的にも、約10万種の化学物質のうち、毒性データが整備されているものはせいぜい数百種である。この進行速度では来世紀を迎えても点検作業は終了しないことになりかねない。

科学的証明主義に基づく個別物質規制という手法の問題点
化審法の規制は、科学的確実性をもって毒性が証明された化学物質に対して、個別に規制措置を講じるという仕組みであるが、科学的情報が圧倒的に不足している現状に鑑みると、この手法では、情報集積を待つ間に、健康被害や生態系破壊が生じてしまうという取り返しのつかない事態を防ぐことはできない。
また、現在の科学では、多種多様な微量の化学物質の複合的影響の解明はほとんど進んでおらず、また、非意図的に生成される物質など未知の物質も決して少なくない。こうした状況を勘案すると、個別物質ごとのリスク評価とそれに基づく規制という手法では限界があることは明らかである。

縦割りの規制
現行の化学物質の法制度は、用途別・領域別の縦割り規制の典型となっている。このため、規制に空隙が生じかねない。
また、化学物質によるリスク評価や規制は、生産、使用、廃棄までの商品のライフサイクル全体をとらえて行われるべきであるが、現行の縦割り行政では限界がある。



(3) 被害に対する司法的救済の限界と新たな被害救済制度の必要性
化学物質による被害については、暴露した化学物質の特定、その毒性、暴露量と暴露経路、特定の症状の発症(病像論)、暴露と発症との因果関係の立証などが必要である。しかし、暴露から発症までに場合によっては数十年もの時間経過があり、物質の特定や暴露の立証は容易ではない。仮に、物質が特定できたとしても、その毒性については不明なことも多く、複数の化学物質による複合汚染となると科学情報は著しく不足している。水俣病などにおいて争われたように、化学物質による疾病そのものが新しい現象であるため、病像についても明確な基準を打ち立てることは困難であり、逆にそのような基準が切り捨ての基準となる場合も多い。何よりも、暴露と発症との因果関係の立証はきわめて困難である。

このように化学物質による健康被害への事後的な損害賠償による救済には、多大な困難が伴う。加害責任の追求の重要性は今日においても何ら変わらないが、さまざまな症状や生活に苦しむ被害者の人権擁護のためには、汚染者責任に基づく賠償原理とは別の被害救済制度を、事案に応じて創設したり、整備する必要性がある。


3 国際的動向
(1) 化学汚染のない環境において生活する権利
2001年4月、国連人権委員会は、「化学汚染のない環境において生活する権利は基本的人権のひとつである」との見解を表明した。これは化学汚染と人権を結びつけた初の声明である。
( http://www.unep.org/Documents/Default.asp?DocumentlD=197&ArticlelD=2819 )

2001年5月には、DDT、PCBなどの有害物質の製造使用を規制するストックホルム条約が採択された。さらに、2002年9月のヨハネスブルグ・サミット行動計画では、「2020年までに人の健康と環境に対する有害影響を最小にできるような使用・生産方法を達成する」という目標が掲げられた。このように化学汚染のない環境において生活する権利という概念が、21世紀になって新たに定着しつつある。


(2) スウェーデンの国家政策
スウェーデンは1999年、15の環境政策目標を掲げる環境政策目標法を制定した。この国家目標には、「毒物のない環境」が含まれ、1世代25年以内に「人類が生産したか、あるいは採掘されたか、いずれにせよ、人間の健康や生物の多様性を脅かす恐れのある物質や金属は、長期的に環境からなくす」ことを達成しようとしている。

具体的には、化学薬品検査院は2000年に「有害性のない商品」政策において、2010年までに既存物質を含めた使用されるすべての化学物質についての健康と環境に関する情報を把握、2007年から、発がん性物質、遺伝子・生殖機能に有害な影響を与える化学物質の一般消費者向け商品への含有禁止、難分解性、高蓄積性を特に強く有する物質についての2010年からの商品含有の禁止、その他の難分解性、生態系に蓄積される物質について2015年からの商品含有の禁止を打ち出している。


(3) EUにおける新しい化学物質政策
1992年6月、国連環境開発会議リオ宣言(アジェンダ21)は、「環境を保護するために、各国はその能力に応じて予防的措置を広く採用しなければならない。重大なあるいは不可逆的(回復不能)な被害のおそれがある場合には、十分なる科学的確実性の欠如を理由に費用対効果の高い環境悪化防止策が先延ばしにされてはならない。」と述べた。

欧州共同体委員会は、リオ宣言の予防原則をさらに発展させ、2000年2月2日、「予防原則に関する委員会からの文書」(COM(2000)1)を公表した。委員会は、「科学的証拠が不十分であったり、決定的でなかったり、又は不確実である場合で、予備的な客観的科学的評価によれば、環境、人、動物または植物の健康に与える潜在的に危険な影響が、EUで 選択された高い保護の水準と一致しない可能性があるという懸念に合理的な理由があることを示している場合」に予防原則が適用されるとする。

EUは、この予防原則の考え方を取り入れ、今年5月、REACHシステムという新しい化学物質規制案を公表した。このシステムは、年間1トン以上の生産・輸入のある物質については、約3万種類の既存物質を含めて、3〜11年間をかけて産業側が一定の毒性データを収集して当局に登録すべきこと、物質の安全性評価を産業側が行い、その内容を当局が評価判定すること、一定の類型に入る高懸念物質については原則として生産・輸入が禁止され、例外的に用途や期限を制限して認可されることなどを定める画期的なものである。仮にこの新政策が実現されると、化学物質の安全性のデータ収集と立証責任は産業側に転換され、また、科学的に毒性が立証されていない物質であっても、高懸念物質のカテゴリーに分類されれば、使用が禁止・制限されたり、代替品への転換が促進されていくことになる。


4 提言―新たな化学物質管理の必要性
(1) 化学物質政策基本法」(仮称)の提言
日本弁護士連合会では、1990年の「農薬の使用に関する決議」において、農薬取締法の改正等を提言するとともに、全ての有害化学物質についての統一的・総合的な法規制の必要性を指摘していた。

その後の化学物質による汚染の進行、現行規制の問題や司法的救済の限界、世界的な動向に照らせば、わが国においても、化学汚染のない環境で生活する権利を確立し、持続可能な社会を構築するために、前記2(2)で記載したような従来の規制手法を抜本的に転換した総合的な化学物質政策を策定することが緊急の課題である。よって、国は、次の内容を盛り込んだ「化学物質政策基本法」(仮称)を制定すべきである。
立法目的
安全性の保証のないままに多種多様な化学物質が使われる現在の生活様式や産業構造から、人や生態系に有害な化学物質のない、持続可能な社会に構造転換するためには、長期的な国家ビジョンと戦略が不可欠である。したがって、まず、立法目的として、化学物質汚染による健康被害と生態系の破壊を未然に防止し、有害化学物質のない環境の実現を目的とすることを掲げるべきである。

予防原則
化学物質に関するリスク評価の科学的情報がいまだ十分に集積していなかったり、不確実なものであったとしても、現在ある客観的科学情報から、健康被害や生態系の破壊のおそれがあると合理的に判断できる場合には、その結果を未然に回避するため、その物質の使用禁止や制限を含む適切な規制を行ったり、一定期限内によりリスクの低い代替品に切り替えていくことの義務付けや経済的誘導を行うべきである。化学物質による長期的、潜在的影響という特徴からすれば、確実な科学的知見を待ってから規制したのでは、手遅れになる可能性があるからである。また、具体的な規制手法についてはリスクとの均衡を考慮すべきであるが、製造から、使用、廃棄へと進むにつれて化学物質の管理は困難となるから、事前の予防やリスク削減こそがもっとも有効であることを考慮すべきである。

生産者責任の強化
化学物質の情報をもっとも保有しているのは、その生産者である。したがって化学物質の生産者に対して、生産から他者による使用、リサイクル、廃棄に至るまでの適正な管理が可能となるように、化学物質の情報(物質の特定、性状、量など)を把握し、それを提供する義務を課すことが必要である。他者が製造した化学物質を含む製品を製造する流通経路上の川下の製品生産者においても、その製造する製品中に含まれる化学物質の情報を把握し、より下流の生産者や消費者に対してその情報を提供する義務 課すべきである。
さらに、化審法のもと、国の主導では進まなかった既存物質の安全性データの収集については、今後、その生産・使用を継続するためには、その製品にもっとも近い生産者に対して、一定の年限を設けて既存物質の安全性に関するデータの届出を義務づけることが必要である。EUのREACHシステムもこの方向性を打ち出している。安全性の立証責任を産業側に転換することで、既存物質についての安全性データの収集を加速化させるとともに、高懸念物質を特定して、より安全な代替品へと転換させることができるからである。

市民参加の制度化
予防原則のもとでは、リスクアセスメントの段階での科学的情報の不確実性の程度を特定することが重要である。そのうえで、どのような科学的情報に基づいてどのような規制を行うべきかの政策決定(リスクマネージメント)は、科学のみならず、社会経済的便益や規制のコストや社会的影響などを総合した政治的判断となる。とすれば、そのような決定は、科学的な専門家のみならず、産業、NGOを含む市民などすべての利害関係者が参加する透明な手続によらなければならない。すなわち、どのような科学的情報があり、どのような措置をとるかとらないか、選択肢としてはどのようなものがあり、それぞれの効果と影響はどうか、といった議論と決定に対する市民参加を制度化することが必要である。


(2) 新たな被害救済制度
公害の歴史が教えるように、加害者に対する責任追及こそ、被害救済と環境の改善につながることは当然である。しかし、化学物質への暴露を理由として、その汚染責任者を相手取って損害賠償等の司法的救済を求めることは、発症の因果関係の立証などを含めて多大な困難を伴うことも事実である。

そこで、損害賠償等の加害責任の追及とは別に、困窮する被害者の人権を守るため、化学物質の暴露者である被害者に対する救済制度を創設・整備すべきである。化学物質の種類や症状、暴露の状況、既存の救済制度の有無(たとえば労働現場での暴露の場合は労災制度を積極的に適用していく必要がある)、加害責任追及の実効性などが事案によって異なり、統一 的な制度化は困難であることは認めざるを得ないが、化学物質への暴露者の健康調査と、健康被害に対する救済を柱として、事案に応じた救済制度を検討すべきである。また、暴露した化学物質の特定や暴露量などがより簡易に調査できるようにすること、発症者に対する診断や治療が進むように専門医や専門機関を全国的に増やすこと等の基盤整備が必要である。

この点、2003年6月3日、環境省は、茨城県神栖町の井戸水から旧日本軍の毒ガス兵器との関連が疑われる砒素が検出され、住民に被害が生じている事例では、いまだ因果関係が明確ではないにもかかわらず、治療にかかる医療費や交通費のほか、健康被害を訴える者について一定の手当を支給するという救済策を打ちたてた。このような迅速な措置は画期的なものであり、今回の事案に限らず、化学物質による被害事例について拡大されることが望まれる。

飲料水・室内空気調査や血液・眼科検査などを通じて化学物質に暴露した者を集団的に特定し、健康手帳を交付するなどして、長期にわたって健康影響を調査することは、暴露と発症との因果関係についての立証を容易にし(疫学的因果関係の立証資料となる)、実態解明と被害救済にも役立つ。化学物質汚染の被害者を長期間放置し、救済を求める被害者に重い立証責任を課すのではなく、治療と最低限の生活を保障したうえで、実態解明の調査を公的に進めることこそ、化学物質汚染の被害者の人権の救済につながるものである。

よって、上記のとおり提案する。

以 上
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