銭1文・銀1匁は何円に相当するか

――江戸期の貨幣の現在価格はいくらか――

商取引には、通常、銀貨と銅銭が使用されていた。銭(文)と銀貨(匁)の現在価値を当時の値段と現在の値段の比較から推定する。

銅銭一文は?

銀壱匁は?

金一両は?

 

 そば一杯が16文ならば、400円として、1文25円である。米一升が100文ならば、600円として、1文6円である。1文は25円か、6円か。何を目安に評価したらいいのだろうか。

 

商品の相場は変動しているので、1700年頃と1800年頃の相場と4つの品目の値段を調べた。

1700年(元禄)頃の金、銀、銭の相場は、

金一両=銀60匁=銅銭4000文、銀1匁=67文である。

4つの品目の値段は、米一升=25文、酒一升=70文、そば一杯=8文、人夫日当=80文である。

 

1800年(寛政)頃の金、銀、銭の相場は、

金一両=銀63匁=銅銭6400文、銀1匁=105文である。

 米一升=100文、酒一升=160文、そば一杯=16文、人夫日当=200文である。

 

 現在の値段を米一升=600円、酒一升=1200円、そば一杯=400円、人夫日当=6000円とする。これを一覧表にすると表1のとおりである。

 

表1 各品目の各時代の値段

 

品目

1700年頃

1800年頃

現在

 

元禄

寛政

 

 

米一升

25

100

600

酒一升

70

160

1200

そば一杯

8

16

400

人夫日当

80

200

6000

 

 元禄に比べて寛政には、物の値段が2〜4倍に上がっている。

 

 現在の品目の値段と比較して銭の現在価格を調べる。

1700年(元禄)時点で評価すると、

米一升=25文 → 現在価格600円とすると1文=24円。

酒一升=70文 → 同1200円とすると、1文=17円。

そば一杯=8文 → 同400円とすると1文=50円。

人夫日当=80文→ 同6000円とすると、1文=75円。

 

1800年(寛政)時点で評価すると、

米一升=100文→ 現在価格600円とすると、1文=6円。

酒一升=160文→ 同1200円とすると、1文=8円。

そば一杯=16文→ 同400円とすると、1文=25円。

人夫日当=200文→ 同6000円とすると、1文=30円。

 

 一覧表にすると表2のとおりである。

表2 一文は現在の何円に相当するか

換算

1700年頃

1800年頃

現在

 

元禄

寛政

 

品目

円/文

円/文

米一升

24

6

600

酒一升

17 

8

1200

そば一杯

50

25

400

人夫日当

75

30

6000

 

表2から、いずれの品目も1700年頃から1800年頃半分以下に下がっているが、米・酒グループとそば・人夫グループと大きく差違がある。当時の品目の価値と現在の品目の価値が大きく変動したのだろう。どちらのグループの価値の方が変動が少なく、より信頼できる目安なのだろうか。

 価値の変動の少ないものを目安にした方が当時の貨幣の価値をより正確に把握できるだろう。

 

 変動の少ない基準となる目安がはっきりしないので、価値の変動を知るための手がかりとして、各時代毎の各品目の関係を検討してみる。米と酒グループの代表として米を、そばと人夫グループの代表として人夫を選ぶ。

 米一升に対する各品目の関係を表3に示す。

表3 米一升に対する各品目の関係

品目

1700年頃

1800年頃

現在

 

元禄

寛政

 

 

比率

比率

比率

米一升

1.00 

1.00 

1.00 

酒一升

2.80 

1.60 

2.00 

そば一杯

0.32 

0.16 

0.67 

人夫日当

3.20 

2.00 

10.00 

 

 また、人夫日当に対する各品目の関係を表4に示す。

表4 人夫日当に対する各品目の関係

品目

1700年頃

1800年頃

現在

 

元禄

寛政

 

 

比率

比率

比率

米一升

0.31 

0.50 

0.10 

酒一升

0.88 

0.80 

0.20 

そば一杯

0.10 

0.08 

0.07 

人夫日当

1.00 

1.00 

1.00 

 

 表3から、米一升に対するそば一杯と人夫日当との関係は大きく変化している。表4も根拠が表1だから傾向は同様であるが、この表がよりわかりやすい。人夫とそばの関係は時代が変わってもほとんど変化がない。一方、人夫と米・酒との関係は江戸期に比べて現在は大きく変化している。

 米と人夫とどちらの価値がより変動が少ないと判断できるだろうか。

 

 米は機械化などで効率があがり、少ない手間で大量に生産されて価値が下がり、安く提供されるようになった。酒も同様である。

 一方、人夫日当は、一日の労力、つまり力仕事の代償とみると、昔も今も価値の変動はより少ない。そうすると、そば一杯もそばをゆでて客に提供する労力は昔も今も変わらないと考えてよい。

 ということで、人夫日当・そば一杯グループの方が価値の変動が少なく、評価の目安となろう。人夫日当とそば一杯のどちらを目安にするかであるが、人夫は景気や災害などの需要供給の変動があるが、食べるものの需要は人口に見合って変動がすくないと考えて、そば一杯を目安に選ぶ。

 

江戸期でも中期と後期では著しい相違があるが、

ここでは、1800年頃、つまり寛政期のそば一杯16文を目安にすると、

銅銭一文は、25円

銀一匁(105文)は、2千6百円

金一両(銀63匁)は、16万円

 である。

ちなみに、千両役者と言えば年収が千両、つまり1億6千万円であり、現代風に言えば、一億円プレイヤーというところであろうか。

2019.10.25,naka

 

能登半島黒島の濱岡屋は、1800年代の前半、寛政、文化、文政のころが最盛期だったという。生蝋は北前船の取引の主要な産品だったらしい。総合商社だったから、寄港する度に注文を受けながら、商品を売買しただろうから、長州の赤間関で買い付けもその一環だったろう。

 商品の総額1350万円相当である。利益は3割ほどあったらしいので400万円ほどになる。

 

 この文書を作成した問屋の取引担当の番頭さんは、そろばん片手に6桁の数値の掛け算、割り算をしていたのだから、相当、数字に強くないと勤まらない。仕切状の文字も達筆である。総合商社のエリート社員といったところだろう。

 

 ところで、北前船は千石船と呼ばれるが、千石の米を積み込むことができる。千石の米の商品価値はいかほどであろうか。米の販売価格100文/升で計算してみると、

 1石の価格=100(文/升)×100(石/升)×25(円/文)=25(万円/石)

 千石の価格=25(万円/石)×千石=2億5千万円

となる。

 満載すれば、末端価格ではあるが2億5千万円の商品を運んでいたことになる。一航海で一億円の利益があったというが頷ける。

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