「読書」:要点と感想
『科学技術者の倫理―その考え方と事例―』
日本技術士会訳、(A5版480頁)
丸善株式会社、定価:3,900円
内容:科学技術者が有すべき倫理についての考え方と事例

要約: 
・個人の倫理は専門職の倫理の基礎をなしていて、倫理的な技術者でありたいという願望は、倫理的な個人でありたいという願望の一部であるといえる。それでもやはり、重要な差異はある。最も明白な差異は、専門職の倫理は、専門職の共同体が採用する倫理基準と関係があることである。(P3)
・アメリカ土木技術者協会(ASCE)などの分野別の協会の倫理規定は、それぞれの分野での技術的知識の追求と普及に関心がある。全米プロフェッショナル・エンジニア協会(NSPE)の倫理規定は、技術専門職業にかかわる非技術的な事柄に関心がある。NSPEの倫理規定を頻繁に利用する。(p4)
・技術倫理の争点 1番目の課題は、規程は何を定めるべきか?技術業の共同社会にはすでに倫理基準があるが、それは変化を免れない。 2番目の課題は、規程は個々の事情に何か指図を与えているか?その基準は、どのように適用されるべきか?
・ごく最近まで、工学教育はカリキュラムの一部に倫理を含めることの重要性を強調しなかった。しかしながら、いまや、工学技術教育認定委員会(ABET)は、合衆国で認定される工学プログラムに、学生に「技術専門職業とその実務の、倫理的な特性の理解」を育てる真剣な努力をするよう要求している。予防倫理は、行動にあり得る結果を予測して、その後のより深刻な問題を回避するためのものである。(p9)
・責任ある技術業が、最低限、要求するのは、倫理的な感受性と思索を必要とするような、技術業の実務における状況の種類に精通することである。それには、技術業における倫理的な思索に必須の原理および概念を、しっかり理解する機会がなければならない。
・専門職業(profession)と職業(occupation):professionという語は、修道院に入った人が高いモラルの理想に忠実でごまかしのない生き方に入ることを公衆に約束して公言することを意味する"professed"に由来する。
特別な社会的役割をになうことを"公言した(professed)"ら、そこに厳しいモラル要件がともなうのである。そして、professionは「公言した一定の学術分野の知識が、他の人の問題への応用に、またはその知識にもとづく技能の実用に使われる」という意味になった。その特性は、
第一に、専門職業に入るには、かなりの期間の知的な訓練が必要である。
第二に、専門職の知識と技量は、社会の福利に不可欠である。
第三に、専門職サービスの提供に独占権またはそれに近いものを持っている。
第四に、専門職はその職域において特異なほどの自治がある。
第五に、専門職は倫理基準によって規制されるべきもの。(p29)
・倫理研究における目標:われわれのモラル想像力を刺激すること;モラル上の争点を認識するのを助けること;重要な倫理概念を分析するのを助けること;責任感覚に訴えること;モラル上の争点の不明瞭性、不確実性、および不一致に気がつくようにすること(p13)
・技術業倫理を研究する価値の一つは、責任ある技術業の実務を推進するのを助けることにある。(p15)
・NSPEの基本綱領では、技術者はその専門職の義務の遂行において、「公衆の安全、健康、および福利を最優先する。」、また、「雇用者または依頼者それぞれのために、誠実な代理人または受託者として行為する。」とあるが、相反することもしばしばである。「スペースシャトル・チャレンジャー号の惨事(1986年)」における、チオコール社の技術者ボイジョリーの話は、技術倫理における最も有名な事例となった。

感想・ポイント:
●この本では、技術者は職務の遂行において、「公衆の安全、健康、および福利を最優先する。」としているが、ほとんどの技術者は大規模な組織の被雇用者であり、雇用者や依頼者の利益に反することも多い。「忠ならんと欲すれば孝ならず」となることも多い。「注意深い思索と洞察力のある判断だけがそのような潜在的な相反を適切に解決できる。」としているが、現実には難しいだろう。
●技術者は専門外へ対応すべきではないのは、その知識や応用能力が不十分であるから当然のことである。しかし、技術は専門分化し、蛸壺の中の議論となり視野狭窄となる恐れもある。お互いの思考能力を生かし、他の分野のことであっても議論をすることや、問題提起することに臆病であってはならないと思う。
また、この点に関連して、技術者が技術的根拠があいまいにもかかわらず、行政者の立場に立って、行政判断をするべきではないと思う。技術的な根拠があいまいな場合は、行政者あるいは依頼者に、判断する基準の提示をするにとどめるべきだろう。
●土木技術においては、事業者が行政である場合が多い。行政無謬主義、つまり行政は誤りを犯さないという思考が根強いので無目的で非効率の事業に直面した場合でも、技術者が有すべき倫理に従い、実践することはかなり困難である。倫理の実践者を保護する社会システムが必要となる場合もあろう。
●現在の日本の現状では、倫理細則のような具体的な記述がないと倫理の実践が難しいかもしれない。
平成13年7月15日
中 登史紀

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